Dannying2007-03-16

事態はまあまあ良い方向に向かっている。心身ともに健康。歩きながら、ジョン・コルトレーンの複雑なソロを口笛で吹こうとするくらいだ(もちろん吹けません)
全体としては一段階上に上がった気でいる。事実はわからないけども…あるいは、底辺から目指す方向は一つしかない、ということから起こる心象なのかも知れない。
今の僕にはリスクがまるで無い。日々学ぶことを欲している。しかし、石の上に座し続けたこの体は、急激な変化に着いて行かれないだろうから、トレーニングが必要だ。

全ては、己が為、ひいては友たる人の為。こんな僕であっても、社会を良き方に向かわせるためにできることがある。こんなことが可能なのも、他ならぬ社会に属するが故だ。集団の意思というものは、個人の意思の総体である…。
利害のために、自らの内に邪心をはびこらせることを良しとする人間がいるのは、悲しいことだ。そして更に悲しいのは、僕が彼らに対して(能動的に)取るべき行動を知らないことだ…。
道理というものを弁えていれば、善悪を語る手間など無いはずなのだが…彼らは総じて道理を知らず、また、知ろうとしない。欲望に支配され、彼の世界は黒い霧の中だ。
しかし、どんな人でも、光を欲する。僕がその場所まで案内できたら良かったのに!
とは言え、かく言う僕の目もまた霞を捉えるではないか。このメガネが原因か?レンズ無しで世界を見ることが出来る(単に視力の問題だけでなく)ようになった時、僕は道を知るだろう。挨拶の仕方と敬語の使い方は、その時までに覚えておけばいい。

僕と同じような光景を目にしている友人たちへ、心配する事は何も無い。僕達が求める道はその足元にちゃんと在るのだ。それだけ知っておけば十分だろう。変わらず努力を続け、時に凝り固まった心身を解しながら、霧の中を進むのだ。光は僕達の進む先に在る。

                                                                                                                                  • -

写真は、MOWというアイスの容器です。ポップだなぁと思ったので、撮って置きました。ちなみにアイス自体は、3口ぐらいで「十分堪能できた」と言えるようなものでした。
甘いものが欲しいと思ったくせに、ちょっと食べたり飲んだりすると、「ゴチソウサマデシタ」となることが、最近よくあります…贅沢な悩みですね。

                                                                                                                                  • -

追記:僕は日々犯している罪に対して、相等のモノを払わなくてはならない。自覚があるのだから尚更だ。いつかの時代では、カネで許しが得られたらしいが、僕はそれが間違いであることを知っている。
生まれた頃は無垢であった(僕は希望について語っているのでは無く、事実を語っているだけだ)。と同時に、無知であり、目も開けていなかった。

欲望を認めることは、人間、つまり自分を認めることだ。そこに在るものを無いと言うのは、嘘になる。
僕は仮面を被る心労を知らずに生きたい。そんなクダラナイことで、心を害すことも、すり減らすこともしたくない(だから、仮面を被る行為は、一種の浪費であると言えるかもしれない)

人生はひと夏のようなものだと想像する。太陽の下で、常に意欲的な心持ちで居られるのだから、やるなら今(言い換えれば、今生。と言うと輪廻思想を意識しているように思われてしまうだろうか)しかないのだ。本当に。