ヘルコビッチのシャツを手に入れた。身頃は水色のシャンブレーで、腕が灰色のカットソーになっている。ポケットの形、襟の大きさも気に入っている。
二項対立の考えがあるのか、パンツも欲しくなったのでいくつかの店を回って探してみた。欲しい形を店の人に相談するが、見つからない。どの店でも最終的に、「そのパンツは無いから作るしかありません」と言われた。
これでわかった事は、店の人から言われた事の他に、店は客を受身にさせる仕組みになっている(客は受身で店に入るべき)事だ。当たり前すぎて気付かなかったので、妙に記憶に残った。
事実、私の欲しい形のパンツがないのに、店の人は売りたいものを押し付けてくる。聞いてもいない流行だとか、低すぎる素材の知識を披露されたりしてもこちらは困るのだ。
私たちは知らない内に受身にされている。店の方も知ってか知らずか客を受身にさせている。そこには摩擦は起きないし、新しい事は何も発生しない。

自らの心に浮かび上がったアイディアを容易に他人に形作らせないようにすることだ。他人の意見は、自分だけではどうしようも無くなったその時に初めて効果がある。
また私自身もいたずらに他人のアイディアを目茶苦茶にしないよう気をつけなくてはならない。各人の答えは、各人の内に初めから存在しているのだから。