今日は気持ちが非常に落ちています。「ダメな日」です。前にも後ろにも進まない嫌な感じがします。
昨日、ほとんど寝ていた(18時間くらい)から、そのせいだと思います。とか言って自分の中では関係がイコールになってません。本当の原因は謎です。

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モグワイの轟音はどうしてあんなに心地良いんだろう?彼らのサウンドには、暖かみを感じます。コモり具合が僕にはちょうど良いんですね。
自分で音作りする時は、テレキャスターの音が好きなので似せてハイ寄りにするのですが、この心地よさの正体を探るべく、実験してみようと思います。ジャズトーンの研究にも役立つかも知れないし。

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僕はよく眠るので、それだけ多く夢も見ます。あんまり覚えてないけど。ちょうど「スプートニクの恋人」を読んでいます。そういえば、村上春樹訳のグレート・ギャツビーが出たんだったな。まぁそれはいいとして。
夢を見るのはエキサイティングで、時に不可解で、非常に興味深いです。ただ単に眠ることも好きです。

謎なのは、どうしてこんなにも眠るのかということです(前フリの意味ないですね)。異常な程の睡眠力を持ってして、僕は何を成そうとしているのか?そもそもこれには、帰結があるのか?
もちろん、科学技術で緊急着陸なんてしないで、フワフワと空中を漂って、然るべき後に“ある場所”に着地して欲しいと思いますけどね。でも…僕が求めているのは、本当はどっちなんだろう?
あとは、頻度の正夢です。CDJの時も、友達が奇妙がるのであまり口に出さなかったけど、結構な数を見ていました。それが終わってから今までの数日間のうちにも。
相変わらず、どれも人生に影響を与えるような内容のモノではありませんが。“僕が失われてしまう”ことなんてありません。これは単に彼が言う種類のものとは違うからだけど。
わからない…純粋にわかりません。謎です。
こういう問題は、本で読んだことしかないし、実際に他人と共有したこともないので、“そこにある何か”はマボロシのように思えます。

これってハナハダ抽象的な話だけど、抽象的にしか始められない話ってあると思います。現実味がないとか言うのは、ただの逃げ口上にしか思えません。マボロシにロマンを抱いているのなら話は別だけども。僕は結局ありのままを受け入れると思います。

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さて、また図書館に行って(この前は休館日だった)何か探して来よう。そういえば、いつだったかは忘れたけど、あんなところでKronos Quartetを借りたんだったな…僕はいまだにクラシック音楽(Kronos Quartetはジャンル的に言うと違うのかも知れないけど)の聴き方というやつがわかりません。
ロックはオリジナル曲が主だけど、クラシックはコピーの方が多いんじゃないか?と思うのです。僕はジャズにせよ、ブルースにせよ、コピーというやつに対する聴き方がイマイチわかりません。なんとなく混乱してしまうのです。単に耳が良くないってことなのか?それとも、もっと純粋に聴けということ?
まぁとにかくたくさん聴いてみます。そのあといろいろ調べてみます。そしていろんな人に質問してみます。

話は変わりますが、僕はバイオリンの音が好きなようです。メシアンの曲(タイトルは忘れました)のバイオリンのたった1音でやられました。
1音で感動させてしまうのってすごいよなぁ。いや、違うな…これについては、そこに行き着くまでのメロディーとピアノの伴奏があったせいだな。ブラッド・メルドーのそれとは違う。
でも、一体何なんだろう?僕の弾く1音と彼の弾く1音の間には、どれだけの距離があるんだろう?僕は薄い膜のようなモノのこちら側にいるから、メガネをかけていても手元がちゃんと見えていないのだろうか?(もしそうだとしたらJin'sを責める訳にはいかないな)

むー…とにかく、そこへ近づく第一歩は、図書館にあると言う訳だ!

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追記:図書館に行って、スタバに行って、本屋に行ってきました。近所の。半径500㍍以内だと思います。
僕はどうしてこんな雨の日に外に出ようと思ったんだろうと頭を悩ませながら、覚えたてのユリイカを演奏していたら、涙が出ました。雨の日の午後四時…街灯がオレンジ色ならもっと良かったのになぁ。

図書館で、ジョン・ケージの四季とかいうの(プリペアド・ピアノとトイ・ピアノの曲が入ってる!)を借りてきました。
一つだけポツンとあったってことは、たぶん誰かがわざわざリクエストしたんだろうな。僕はここらへんのことはよく知らないのだけど、ジョン・ケージって有名ではあっても、一般性を獲得した音楽家ではないと思うから、クラシックをなんとなく聴こうとかって人はまず手に取らないんじゃないだろうか。グッドジャンクミュージックを聴く人が洋楽を聴こうと思って、TNTを手にすることはないのと同じように。
誰がリクエストして、誰が借りていったんだろう…。

本屋では村上春樹訳のグレート・ギャツビーを買いました。読むのが楽しみです。

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追記2:スタバで久々においしいコーヒー(淹れるのがうまい店員さんだった)を飲みながら思ったのは、「情熱を注ぐなら、紙コップじゃなく、マグカップだな」ということ。

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追記3:ある種の文章は、あまりに長ったらしいと、「なんかよくわかんないけど、メンドクサイなぁ」と感じることがあります。たぶん僕も日々そういうのを垂れ流しにしているんだと思います。
おいしい部分だけを皿に盛ってポンと出すのって難しいですね。僕は恥ずかしながら、盛りつけをする手さえ震えているようです。肝心なのは分量なのに。